大西拓磨の人生の経歴(平沼高校と東京芸術大学退学)が凄い!

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大西拓磨さんという方をご存じでしょうか。

高IQ169と芸術センスを持ち、22歳にして波乱万丈な人生を送る人物です。

なんと、芸術系大学の最高峰とされる東京芸術大学に進学するも退学し、現在は孫正義財団の4期生となり、活躍が注目されています。

そこで今回は、大西拓磨の人生の経歴(平沼高校と東京芸術大学退学)が凄い!をテーマにまとめてみました。

 

大西拓磨のプロフィール

大西拓磨

誕生日:1999年
出身地:神奈川県

大西拓磨さんは、神奈川県横浜市に生まれます。

そして現在、「MENSA」「公益財団法人 孫正義育英財団」に所属しています。

大西拓磨の人生の経歴(平沼沼高校と東京芸術大学退学)が凄い!

大西拓磨さんは、世界でもトップクラスのIQの持ち主です。

高IQ世界番付
・世界…23位
・日本国内…3位

高IQなら難関大学を卒業して、順風満帆な人生を送っているのではと考えがちですが、大西拓磨さんはそうではなかったようです。

小学校の頃から絵を描くのが得意だったようで、自身が描いた船の絵が残っています。

かなり精密な絵で、船の外観だけでなく内部の見取り図まで細かく描かれています。

大西拓磨の退学(平沼高校と東京芸術大学退学)

中学校は受験をし、中高一貫の私立栄光学園に合格します。

栄光学園は東京大学進学率が高く、高校からの募集はしていない男子校です。

勉強が嫌いだったので遊んでいた、という大西拓磨さんですが、この頃に両親が離婚し、家庭環境が荒廃し、ご自身も不安定になっていたと明かされています。

大西拓磨は平沼高校に進学

そこで家を出て下宿を始めた大西拓磨さん、しかし学校が一人暮らしを認めていなかったため、中学卒業後に内部進学せず、神奈川県立平沼高校に入ります。

周囲になかなかなじめず、孤立しがちだったそうですが、その芸術センスはいかんなく発揮されます。

美術の授業の一環で参加した「全国きものデザインコンクール」では、ジュニア高校生の部で京都府知事賞を受賞します。

馴染めないながらに芸術センスを問われるコンテストに応募し、受賞するも羨望の眼差しを浴びることなくがっかりする様子は高校生らしい葛藤ですね。

その他にも休みの日に学校に行き、廊下に紙コップ1000個を並べたり、教室の椅子の背もたれに、逆さにした別の椅子を乗せたりなど、分かる人にしか分からない行動にでます。

しかし、この高校生活も二年で終止符を打つこととなりました。

大西琢磨は東京芸術大学に首席入学

高校中退後は、予備校に通い、東京芸術大学へと入学します。

首席で建築科に入った大西拓磨さんは、入学後すぐに「藝大入試論考」という藝大の入試対策メディアを立ち上げます。

大西拓磨さん自身はというと、「大学付近の好きな空間に何か影響を及ぼし、それを記録しなさい」という一学期最初の課題に「最終発表日の朝に大学の正門を封鎖する」という答えを提出したところ、評価不能とされ進級まで不可とされてしまいます。

せっかく入学した大学でしたが、講義を退屈に感じた大西拓磨さんは、ここでも不思議な行動に出ます。

自分の机に蚊帳を張ったり巨大な水槽を置いたり、大学の広場のタイルに赤いビニールを敷いていったりなどを繰り返し、学校に怒られていたそうです。

無許可でやっていたので当然といえば当然なのですが、当時の大西拓磨さんは憤慨したそうです。

結局、こういったことが積み重なり、大学は懲戒退学となってしまいます。

 

大学退学後の大西拓磨


その後は公の場での活動に移りますが、やはりすぐ消されてしまう結果となります。

そして、大西拓磨さんは徐々に引きこもってしまうようになります。

念願であった彼女ができ、京都に引っ越しますが、一年ほどして仕送りがなくなり、バイトも続かず、生活が苦しくなってしまいます。

この後、生活保護を受けながら安い時給でマンションの廊下掃除をする生活になります。

大西拓磨は高IQを活かす

しかし、途方と寂しさに暮れながらもルービックキューブを僅か10秒で解けるようになったり、IQテストの世界記録を4つも更新したりと、何かをする事を続けています。

そして、世界23位、日本国内で3位の高IQの持ち主と判定されました。

さらに、IQテストを解きながら、もっと美しい問題ができるのに、と考えていた大西拓磨さんは、自身で問題を作ります。

そして、実生活では、もう一波乱が待っていました。

大西拓磨は東京に戻る

念願だった彼女がいる生活が終り、失意のうちに東京に戻ります。

そして、かつて家庭環境の悪化からうつ病になってしまったという経験もあり、住所が不定になります。

最初は公共施設で生活しますが、そのうち身分証を押さえられ、近くの公園や橋の下や中での生活を送り、その体験をネット記事にまとめます。

この記事は数日で15万ほどの閲覧数をがありましたが、国交省からの削除依頼がでる程でした。

大西拓磨の転換期?

そんな生活が変化を見せたのは、孫正義育英財団の審査に合格したことがきっかけでした。

孫正義育英財団とは、ソフトバンクグループ会長 孫正義さんが創設した人材育成機関です。

現在最年少は9歳から、最年長の29歳までの219人が所属しています。

財団生になれば学費や研究費、生活費などについて手厚い支援が受けられますが、難関です。

大西拓磨さんは財団の4期生となり、服飾の専門学校に通い始めました。

そして現在は、「エンゲル係数が0に」なったそうです。

エンゲル係数0ということは、食費がかかっていないということですよね。

大西拓磨さんが対談をしています♪

建築論や芸術論ももっと聴いて見たいですね^ ^

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大西拓磨の今後の活躍に注目


現在も独創性に富んだ作品を作り続けている大西拓磨さん。

高校生の頃は着物の賞に応募し、孫正義財団に所属する今は服飾専門学校に通っています。

服飾から難解なパズル問題まで得意とする大西拓磨さんを見ていると、レオナルドダヴィンチの様な稀有の方を見ている様です。

将来は、日本からまだ一人世界の服飾界を驚かせるデザイナーが誕生するのではないでしょうか。

今後もその知性とセンスで、前衛的な作品を創作して世界を驚かせて欲しいです。

今回は、大西拓磨の人生の経歴(平沼高校と東京芸術大学退学)が凄い!をテーマにまとめてみました。

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