淡島千景の若い頃から晩年までの評判!扇千景との関係!家族について!

B!

淡島千景さんは昭和の時代から女優として活躍を続けてきた方です。

平成の時代まで映画やドラマ出演を続けてきたので、比較的若い世代の方も、晩年の淡島千景さんの姿を見たことがあっても不思議ではありません。

下の名前が扇千景さんと共通しているため、2人が家族なのか師弟関係なのかと感じる方も多くいます。

一方、プライベートでは死後に借金が報道されるといった思わぬエピソードもありました。

宝塚所属の若い頃から女優としての評判が高かったので、どうしてそのような話題が出たのかも気になるところです。

今回は、淡島千景の若い頃から晩年までの評判!扇千景との関係!家族について!をテーマにまとめました。

 

淡島千景のプロフィール

淡島千景(あわしま ちかげ)

生 年:1924年2月24日~2012年2月16日
享 年:87歳
出身地:東京府(現:東京都)
学 歴:私立成蹊高等女学校(現:私立成蹊中学校)→宝塚音楽舞踊学校卒業
職 業:女優

淡島千景さんは昭和を代表する女優の一人です。

2012年に亡くなる直前までドラマに出演し、生涯女優の仕事を続けていました。

女優として、男性だけでなく、女性からも圧倒的な支持を受けていた方です。

淡島千景は手塚漫画のモデル

淡島千景さんのファンの一人として知られるのが、漫画家の手塚治虫さんでした。

『リボンの騎士』の主人公、サファイア王女は「男装の麗人」の元祖的な存在として知られています。

このサファイアのモデルが、宝塚で娘役ながら男役でも出演する事もあった淡島千景さんだったのです。

扇千景との関係

淡島千景と名前が似ている方として、同じ宝塚出身の扇千景さんがいます。

後に政治家に転身、参議院議長や大臣まで勤め、議員名も「扇千景」という芸名を使っていたため若い世代にも幅広い方に知られる方です。

この扇千景さんと淡島千景さんは直接の血縁関係はありません。

宝塚の在籍時期も淡島千景さんが先輩にあたります。

そして、扇千景さんの名前は淡島千景さんにあやかってつけられたものです。

それだけ淡島千景さんが宝塚の歴史の中で、大きな存在であったという事です。

さらに、扇千景さん自身が淡島千景さんのファンでもありました。

また、淡島千景さんから可愛がられていた後輩女優の淡路恵子さんも、淡島千景さんにあやかって芸名の名字に「淡」の一文字をもらっています。

 

淡島千景の若い頃


淡島千景さんは1941年から1950年、戦時中にも宝塚に在籍していました。

娘役として「東京の三羽烏」と呼ばれる人気を獲得していました。

しかし、戦争中には「歌舞音曲停止令」が出されていた事もあります。

この時期は大規模な公演ができず、主な出演舞台の多くは1946年から1950年の公演が中心です。

淡島千景は松竹に入社

淡島千景さんは1950年に宝塚を退団、松竹に入社し映画女優に転身しました。

映画デビューは『てんやわんや』という作品です。

その後、小津安二郎監督の『麦秋』や、豊田史郎監督『夫婦善哉』などの作品に出演しています。

ラジオドラマから人気となった『君の名は』の、映画化三部作にも主要キャストの一人として登場していました。

終戦直後の松竹で「アプレガール」(戦後派)という評価を得て人気となり、昭和の名優として現在までその名声が知られています。

淡島千景フリーに転身

淡島千景さんは1956年からフリーになりました。

その後は映画だけでなく、テレビドラマや舞台にも出演する様になります。

一方、映画では東宝作品の多くで高い評価を得ており、松竹から東宝の看板女優になったというイメージを持つ方も少なくありません。

 

淡島千景の晩年


淡島千景さんは平成に入ってもテレビドラマや映画への出演を続けてきました。

遺作は『渡る世間は鬼ばかり』です。

亡くなる直前まで病院から撮影に向かっていた事が知られています。

2012年、淡島千景さんは87歳ですい臓がんのため亡くなられました。

淡島千景の死後

淡島千景さんはその死後、借金があったと週刊誌に報じられ、テレビでも特集が組まれた事があります。

淡島千景さんは銀幕スター時代から収入があったはずなので、淡島千景さんが浪費家だったのではと考える方がいても不思議はありません。

しかし取材によって、淡島千景さんはむしろお金に関しては質素で無頓着なタイプだった事が分かります。

そのため、一部のスタッフが「使い込み」をしていた可能性が高いと噂されました。

淡島千景さんの晩年の入院費が工面できず、家を抵当に入れて借金をしていたほどというのは信じられません。

しかし淡島千景さんがそれほどお金について執着しておらず、女優の仕事に集中していたことを示す「昭和の名優」らしいエピソードとも言えます。

淡島千景の家族について

淡島千景さんは生涯独身、旦那さんやお子さんといった家族はいませんでした。

東京オリンピックで金メダルを獲得し、日本にバレーボールブームをもたらした「東洋の魔女」のため、バレーボールクラブのオーナーになるといった活動をしています。

日本俳優連合名誉副会長としても活動し、仲間の俳優のための活動にも尽力しました。

サファイアのモデルになった淡島千景さん♪

チンクのモデルもいるのでしょうか^ ^

淡島千景さんを見るならコレ♪

個性的なキャラクターを演じる女優をもっとチェックしてみませんか?

こちらからご覧いただけます♪

 

淡島千景は戦後間もない時期の銀幕スター


淡島千景さんは宝塚時代から長年に渡り活躍してきた女優です。

映画、舞台、ドラマと、様々な作品に出演し、その功績は数え知れません。

モノクロテープの時代から映像が残っていますが、令和の今見ても、その姿からスター性が強く感じられます。

今回は、淡島千景の若い頃から晩年までの評判!扇千景との関係!家族について!をテーマにまとめました。

最新の記事はこちらから